内製開発は安く上がるというのは大きな間違い、という話

内製開発を考えているSI技術者が知っておくべき内製アンチパターン - aikeの日記を読んで、知り合いの会社の内製開発事情を思い出した。


内製開発をやりたがっていたAさんは、もともとその会社の社員。趣味でプログラムを組んだりしていたようだ。


社内であるシステムを外注しよう役員たちが協議していたある日、「この程度のシステムなら、内製開発できます」と、役員たちの説得を開始。「外部に開発させるなら、私が開発します! 私ならタダですから」と、押し切ったのだ。役員たちは「タダ」という言葉に魅力を感じ、許可してしまった。だが、本当に「タダ」なのか?


本当に安いのか?

知り合いに、もう少しAさんのことを聞いてみると

  • プログラミングはできる
  • 社内では別の業務を持っているが、システム関連ではない

とのこと。もともとの自分の業務をやりつつ、そのシステムを開発するのであれば、彼の言う「タダ」はその通りだ。だが、彼は自分の業務をほっぽり出して、「開発専従」になった挙句、もう1人Bさんを巻き込んだ内製開発を始めた。AさんとBさんの業務は、他の社員が残業で肩代わりすることになった。


既にその時点で「タダ」ではないのだ。メーカーに開発費の見積もりを取ってみたところ約1000万円だったらしい。しかし、細かい要件定義をしているわけではないから、もっと数字を落とすことは可能だった。


関係者である「Aさん」+「Bさん」+「AさんとBさんのもともとの業務を肩代わりしている人たちの残業代」を単純に加算しただけで、約1000万円を超える。それでもこの内製開発は、「タダ」でできたものと言えるのか?


内製開発は作って終わりじゃない


開発者が外部の人間であれば、かならず現在の業務についての「聞き取り」を行うだろう。しかし、Aさんは社内の人間なので、その業務を判っていると思っていた。だから、ユーザーからの聞き取りは行わずに開発を進めてしまった。


その結果、ユーザーからは「使いづらい」「実情にあっていない」と散々の評判で、全く使われなくなってしまった。そのシステムで行うはずだった業務は、エクセルとか、他のアプリで行われている。


他のアプリで代替できるシステムならば、まだいい。Aさんが手がけたあるシステムは、他のアプリで代替することができず、現在でも使われている。だが、その使いづらさ故に、ユーザーを選ぶようなシステムになってしまったようだ。だが、Aさんは、最後まで面倒をみることなく、次々と別なアプリを開発し続けた。今、知り合いの会社では、Aさんの作ったアプリの残骸があちこちにあるという。


ユーザーからは、「ここの動きがおかしい」「使いづらい」などの声が、必ず出たとき、メーカーに修正依頼をするより、内製開発の方が修正が早い、という意見がある。確かに、開発者が十分な技術力を持っていれば、その通りだろう。しかし、開発者の技術力では対応できない時はどうなるのか? 仕事の状況が変わり、システムの修正に迫られたとき、「私の技術力では対応できません」とサジを投げることが許されるのか?


内製開発は、自己満足の道具ではない。最後まで面倒をみる必要がある。内製開発を行うなら、1人に任せてはいけない。その人が辞めてしまったり、病欠したとき、全ての業務が止まることになる。後継者もきちんと育てなければならない。そういった覚悟が無いならば、内製開発に手を染めてはいけない。


元のエントリをdisるつもりは毛頭ない。ただ、身近にこういう事例があったので、「経営者」の人が、安易に「うちも、内製開発をしてみるか」と判断しないようにしたかったので、本エントリを書かせていただいた。